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相隣関係

相隣関係分野の特徴

相隣関係とは・その特徴

「相隣関係」とは、隣り合った土地の所有権を相互に調整するために民法が設けている制度のことです(山野目章夫『民法概論2物権法』186頁の説明をそのまま引用しました)。

特徴としては、法定の権利であって合意を要しないことです。
大雑把に言えば、隣り合った土地同士が民法の定める特定の条件を満たしていれば、双方の土地の所有者が何も契約その他の合意や意思表示をしていなくとも、相隣関係の規定の効果は発動します。

ただ、逆に言うと、相隣関係上の権利が認められる場合でも、隣り合った土地同士が、何らかの事情(工事・天変地異など)による地形の変更などがあって、その条件を満たさなくなった場合は、相隣関係上の権利は消滅します。

一つの例を挙げます。
相隣関係の中でも代表的なもの(試験にも頻出)として「公道に至るための通行権」、つまり民法210条が定める「他の土地に囲まれて公道に通じない土地の所有者は、公道に至るため、その土地を囲んでいる他の土地を通行することができる。」という権利が存在します。
この権利は、ある土地が「他の土地に囲まれて公道に通じない」時に生じるものであり、何らの契約や意思表示なしに発生しますが、公道が拡張・伸長されてその土地と公道がつながった場合には、「他の土地に囲まれて公道に通じない」という条件(法律的に正確に言えば「要件事実」)が消滅しますので、通行権も消滅します。

相隣関係上の権利は、そういう意味では、「土地の形状や位置関係などの条件次第」というところがある弱い権利です。

専門家でも、上の例に挙げた「公道に至る権利」がどの程度の範囲で存在するかということを民法211条の関係で見極めるということは難しいものであり、その点では曖昧な権利とも言えます。

これが「相隣関係」及び相隣関係上の権利の特徴です。

「相隣関係」の話からは少し外れますが、もし、弱くも曖昧でもない権利がほしいときは、隣地の所有者と契約などの合意を行い、債権として使用権を獲得するほかありません(最も多いのは、賃貸借契約による賃借権かと思われます)。
契約(合意)という高いハードルを超えればそれだけ高い効果が見込まれるわけです。
弱い権利は条件が緩く、強い権利は条件が厳しいという、民事法分野にはよくある構図がここでも見られます。

水路の設置・使用(民法220条・221条)

民法220条・民法221条の条文

民法220条は
「高地の所有者は、その高地が浸水した場合にこれを乾かすため、又は自家用若しくは農工業用の余水を排出するため、公の水流又は下水道に至るまで、低地に水を通過させることができる。この場合においては、低地のために損害が最も少ない場所及び方法を選ばなければならない。」
と定めています。

民法221条は
「1 土地の所有者は、その所有地の水を通過させるため、高地又は低地の所有者が設けた工作物を使用することができる。
2 前項の場合には、他人の工作物を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、工作物の設置及び保存の費用を分担しなければならない。」
と定めています。

民法220条・民法221条の関係

上記の2つの条文はよく似ています。

この2つの条文の関係ですが、
民法220条は、水路が存在しないときに、新規に水路を設置することができる条件を定めたものである(水路設置権)
民法221条は、既に水路が存在するときに、その水路を利用することができる条件を定めたものである(水路利用権)
と整理するのが良いかと考えております。

民法221条を、「民法220条を前提とした規定である」、つまり、「民法221条は民法220条の規定によって設置された水路に関する規定である」と考える考え方もあるようです。
私の見た限りですが、市販の一般向け文献でそのように記述しているものがあったように記憶しています。

もちろん、実際上は、民法220条に基づいて設置された水路に民法221条が適用されるということは有り得ます。
ただ、私は、民法221条により利用が認められる水路(条文の表現は「工作物」)は民法220条により設置されたものとは限られておらず、民法220条と民法221条は別個に独立した条文ではないかと思います。
その理由は以下のとおりです。

理由1 既設水路が存在するが利用権についてさらに調整が必要な場合も存在しうる。例としては、長らく使われていなかった古い水路の再利用など。その場合、既に水路は設置されているので民法220条の水路設置権は問題とならず、民法221条の水路利用権の問題となる。

理由2 民法で、ある条文の適用の可否がその前の条文を前提として決まる場合には「前条の場合において」という言葉が条文に付くはずであるところ、民法221条はそのような条文になっていない。


民法220条・民法221条の組み合わせ適用(類推適用)

民法220条と民法221条を組み合わせて適用(類推適用)した最高裁判例があります。

この判例は、ある土地について、自前の給排水設備が存在しないところに、他の土地の給排水設備を利用することを認めたわけですので、土地所有者に対してかなり強力な法的効果を認めた判例となります。
民法220条(水路設置権)はあくまで「排水」の権利であり、給水は含まれておらず、民法221条(水路利用権)も、水を「通過」させる権利であって、これも給水は含まれていません。そのため「類推適用」となっていると思われます。

最高三小判平成14年10月15日(最高裁判所民事判例集56巻8号1791頁)
判旨
「宅地の所有者は、他の土地を経由しなければ、水道事業者の敷設した配水管から当該宅地に給水を受け、その下水を公流又は下水道等まで排出することができない場合において、他人の設置した給排水設備をその給排水のため使用することが他の方法に比べて合理的であるときは、その使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情のない限り、民法220条及び221条の類推適用により、当該給排水設備を使用することができるものと解するのが相当である。」

この判例は相隣関係の分野における重要判例として知られています。
ただ、気を付けるべきポイントがあります。

それは、上記の判旨を見るだけでも、様々な条件付け(制約)が存在することです。
制約1 「宅地」であること
制約2 「他人の設置した給排水設備をその給排水のため使用することが他の方法に比べて合理的である」こと
制約3 「その使用により当該給排水設備に予定される効用を著しく害するなどの特段の事情のない」こと

制約1は、この判例の判旨は農地や工業用地にそのまま適用されるとは限らないことを示しています。例えば「私はお宅の隣に工場を建てた者ですが、工場の給排水設備がないので、あなたの御自宅の給排水設備を利用させてください」というのは通らない、ということでしょう。現代社会の居住生活において給排水設備は不可欠なライフラインだからこそ特別に権利を認めたわけで、営利のための使用にまでそのような強力な権利を認めたわけではないということです。
制約2は、他に給排水の手段がある場合はそれに勝る合理性がない限りは、他人の土地の給排水設備の利用ができないことを示しています。また、将来的に他の手段でより合理的な給排水ができる環境が整った時は、もはや他人の土地の給排水設備の利用は認めないという趣旨も含んでいると見られます(相隣関係上の権利ですので、前述したとおり、それが設置利用できる条件を失った時は、あっさりと消滅します)。
制約3は、他人の土地の給排水設備の利用によって、他の土地の給水や排水を害する(例えば、利用させてもらっている他人の土地への給水不足を生じる)ような場合は、他人の土地の給排水設備の利用は認めないということです。

このようにして見ると、この判例は、大雑把に言えば様々な条件のもとに宅地所有者を救済していますが、その条件は厳しい上、他人の土地の給排水設備を、宅地利用者の希望する限り(半永続的に)利用する権利までを認めたわけではないということです。

したがって、宅地の購入や開発を行う場合に、給排水設備について自前の土地に設置できない事情があるという場合は、周辺の土地所有者と十分な交渉・調整を行うべきであり、できれば、前述したように水路の賃貸借契約や合意による地役権(地役権は物権ですので、債権よりは強力ですが、強力過ぎるゆえに実社会での利用はそこまで多くはないと思われます)の設定などの措置をとるべきというところでしょうか。
少なくとも、最初から相隣関係の規定による平成14年最高裁判例のような救済をあてにした土地の購入・開発などはすべきではない、ということかと思われます。

下水道法と民法の対比

なお、給排水のうち、「下水道」についてだけは、下水道法が、第10条第1項で土地所有者に下水のための排水設備の設置義務を定めたうえで、
第11条「前条第一項の規定により排水設備を設置しなければならない者は、他人の土地又は排水設備を使用しなければ下水を公共下水道に流入させることが困難であるときは、他人の土地に排水設備を設置し、又は他人の設置した排水設備を使用することができる。この場合においては、他人の土地又は排水設備にとつて最も損害の少い場所又は箇所及び方法を選ばなければならない。」と定めています。

しかし、民法はこのような規定を定めていません。
上記の平成14年10月15日最高裁判例では、下水道法のようなストレートな救済規定がない中、給排水設備のない宅地所有者を救済するために民法220条と民法221条の類推適用を行っているわけです。

なお、令和3年の民法(物権法分野)の大幅な改正においても、民法220条及び民法221条は内容部分の改正まではされず、旧規定のまま残存しました。
他の最高裁判例の中には、改正の際に反映されるものもありますが、上記の平成14年最高裁判例は反映されなかったわけです。
これには立法者のどのような意図が隠されているのか、考えてみました。

民法の大原則として、他人の土地の水路や給排水設備の利用と言ったことは、基本的には賃貸借契約や地役権の設定などの「合意」によりなされるべきであり、合意のない相隣関係上の権利をそこまで強力に認めることはできない。上記の平成14年10月15日判例の厳しい条件を満たした時にだけ、限定的に救済すれば足りる。という思想が背景にあったため、相変わらず下水道法のようなストレートな救済規定は設けなかったものと見られます。

これに対して、「下水道」は「都市の健全な発達及び公衆衛生の向上に寄与」「公共用水域の水質の保全」(いずれも下水道法1条)という機能があります。たしかに、ある土地に下水道に繋がる排水設備がなかったとすれば、悪臭や土質汚染など周辺の公衆衛生に対する悪影響は有り得ますし、また自然の河川等の汚染にもつながる可能性は有り得ます。
そのため、明文により他人の土地の排水設備の利用を認めるという「特別扱い」(ストレートな救済規定)が認められていると見るべきでしょう。


まとめると、

民法は、個別の合意がなく、相隣関係の各規定にも当てはまらない場合には、他人の土地の給排水設備を使用することを原則的には認めない。認めるのは平成14年10月15日最高裁判例の示す条件を満たした場合のみ。改正後もこの考え方は同じ。

下水道に関してだけは、その公共的性格に鑑み、下水道法が、他人の土地の排水設備(「給」排水ではないことに注意)の使用を法文で認めている。

ということになるかと思います。

前田誓也法律事務所
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